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福岡地方裁判所小倉支部 昭和23年(ヨ)73号 判決

債権者(仮処分申請人)

北洲貨物自動車株式会社

債務者(被申請人)

全九州自動車産業労働組合福岡県支部北洲分会

当裁判所は申請人に保証として金拾五万円を供託する事を条件として次の通り判決する。

主文

別紙第一乃至第四目録記載の物件(不動産及動産の双方を含む)に対する債権者団体員の占有を解き債権者の委任する福岡地方裁判所小倉支部の執行吏に其の保管を命ず。

執行吏は其の占有保管に係る事を適当の方法に依り公示すべし執行吏は債権者の申出に依り債権者に右物件の使用を許す事を得。

債権者は右物件を使用して業務を行ふ場合債務者団体員の「申出ある時は其の者を指揮して」其業務に従事せしむる事を得債務者団体員は債権者が右物件を使用して業務を行ふ場合之を妨害すべからず。

執行吏は債務者団体員に対し従来争議団事務所として債権者より指定したる建物(本社営業所南側車庫の一部)の使用を許すべし。

但し、必要ある時は他の適当なる建物の一部を以て之に代ふる事を得。

執行行吏は債権者の右物件の使用保管及業務を妨害する債務者団体員に対しては本件建物より退去を命じ且爾後右建物への立入を禁止する事を得。

執行吏は右の外前各項の趣旨の実効をあぐる為適当なる処置を執る事を得。

訴訟費用は債務者の負担とす。

申請の趣旨

債権者代理人は別紙第一乃至第四目録記載の物件に対する債務者の占有を解き債権者の委任する福岡地方裁判所小倉支部執行吏に保管を命ずる執行吏は別に管理人を選定してその保管を為さしめる事が出来る債務者は右物件に対して一切の使用及処分行為をしてはならない債務者は別紙第一乃至第三目録記載の建物内に立入つてはならない、執行吏は本件仮処分執行に際して適当な方法で之を公示せよとの仮処分命令を求めた。

事実

(一)、債権者会社は一定の路線を定めず定期的に非ざる貨物自動車運送事業(所謂小運送にあらざるもの)を営む事を目的として昭和十八年十月企業整備の結果同業者を合同して設立せられたる株式会社にして其の資本総額百弐拾万円、その中三十八パーセントは取締役、監査役の持株に属し所謂企業所有と企業経営の分離著しからざる会社である。

(二)、而して債権者が右事業に使用する従業員中課長八名を除く百四十七名は労働組合を結成し其の組合を全九州自動車産業労働組合福岡県支部北州分会と称し其の代表者組合長は松井新である。而して右分会(以下単に組合と略称)は昭和二十三年六月二十五日六月分赤字補給金約四拾万円の支給、賃銀体系は総て組合に一任、時間外手当及危険手当の枠外支給、通勤手当全額会社負担、賃金六拾弐万七千円は組合に全額支給(課長の給料を除く)の事、右金員の支給期日は七月五日迄たる事、右の外退職資金規約の設置等の要求を提出した。

併しながら之は会社の総収入に対して実に五十五パーセントを超ゆる要求であつて昨年末以来欠損に欠損を重ね経営難に陥つている会社の堪え得るところではない。自動車及其の部分品燃料の価格の暴騰、その入手難等の悪条件下にある此の種営業に於ては賃金の支払は総収入の四十パーセントが最大の限界で之を超える時は到底経営は成り立たない。然るに会社は昨年八月末以降総収入の五十パーセントを超える組合の賃金要求に対しても唯事を平和的に解決し度い一念から忍び難きを忍んで之を容認し来つた外、多額の赤字補給金越年資金等をも支払ひ来つた為会社は忽ち経営難に陥り第九決算期(昨年八月より本年三月迄)のみで百拾五万円の欠損を生じ其の後も欠損を重ねている。会社経営の内情が此の通りであるから本年六月二十五日の前記債務者の要求は会社の経理面より到底不可能の事であるが会社は平和的解決を念願する余右交渉に応じ何等かの妥結点に到達しようとし此の問題を経営協議会に於て検討し協議し度い事と当時会社の重役は大部分辞任し九名の欠員があつたので七月一日株主総会を招集して重役を補充し翌二日重役会を開き其の翌三日以降経営協議会に於て協議し度いと言ふ事を六月二十九日組合に申入れた。

然るに組合は此の申入れを拒否し組合員全員を以て当る団体交渉を主張し、且、即時明三十日午前八時から団体交渉に応じなければストに突入する旨を通告したので会社は重ねて組合に対し前記の通り七月三日以降でなければ交渉出来ない事情を述べ且是非共経営協議会に於て協議したいと申入れたところ組合は折返して翌三十日午前零時を期して無期限ストに突入する旨を通告し来り翌日よりその通り実施した。

会社が右の通り経営協議会での交渉を主張したのは五月分赤字補給金要求の際も組合員の殆んど全部で重役の所に押しかけ、朝の三時五時迄も軟禁状態に置いて多数の力で威嚇し罵倒し要求を承認する迄は帰さないと言ふやり方であつたので此の苦い経験に懲りて少数代表者に限定せられた経営協議会で協議したいと申入れたのであつたが組合は之を拒否し又欠員重役選出後の七月三日以降でなければ交渉は出来ない事情にあつたにも拘らず組合は三十日の午前八時からの交渉を主張し会社が之に応じないからと言つて直にストに入つたのであつて之は闘争の為の闘争と言ふ外はなく争議権の濫用である。

而して会社は取敢へず残存重役のみで六月三十日午後一時より組合と交渉し其の結果に付て右重役間に於て協議したが事重大で結論に達しないので、新重役の選出を待ち七月三日重役会を開き七月四日組合に対し六月分赤字補給金及交通費全額負担の件は要求通り承認する。但し団体協約は八月二十七日満期失効するので此の際之を白紙に還えして新な協約を締結し度いと回答した。之に依る会社の負担金は総収入の五十五パーセントとなり一人平均額は六千九百円となる。斯様な給与率を継続すれば会社は破産する外ない事は明であつたが平和的解決を焦慮する余之を容認したのである。

一方組合員多数はストに入るや会社の事務所営業所を占拠し重役が出勤すれば嫌がらせ戦術を用ひ大勢で重役の身辺につきまとひ罵言を浴せ身体の自由を妨害するので重役全員は会社に居る事が出来ず会社の事務所を引き上げ古野重役の自宅に争議事務所を設けて居り会社の方には課長を交替で監視に出していたが之より先本年三月頃組合員九名より自動車のタイヤ優良品三十二本を窃取され営業に支障を来し非常な損害を蒙つた事があり、今回のスト後は組合員が一方的に事務所営業所を占拠して居る為又々タイヤ燃料盗難の虞があつたので之を安全な場所に移して保管すべく七月二日午前五時会社側白石、古野、其他五名の重役及其の子弟使用人課長等合計二十四名が営業所に行つてタイヤ等をトラツクに積載搬出せんとしたところ組合員多数は門の入口にフレームを以てバリケードを築き又人垣を以て之を阻止したので其の目的を達する事が出来なかつた。

依て同様の目的を以て事業場閉鎖を為す事を決定し同日午前十一時四十分頃組合に対し占領軍関係事業を除き事業全部の閉鎖を為す故自動車並倉庫内の部分品燃料の無断使用を禁ずる趣旨の通告を為し更に翌七月三日会社側白石、古野外四名の重役外数名は会社に行つてタイヤ燃料等を入れてある第一、第二倉庫をタルキ及釘を以て厳重に釘付けにし、是等の倉庫自動車の車庫、整理工場モビール置場或は自動車自体に「当分占領車関係を除き事業閉鎖を為す故許可無く無断出入又は使用を禁ずる」旨を立札貼り紙に依て告示した。然るに組合は不法にも之を剥奪し白石重役等が乗入れた同重役所有の小型自動車一台をバリケードを築いて取り上げた外会社重役古野、古村、白石、篠崎等を大勢で取巻いて殴打暴行を加へ右重役等が後日証拠とする為事業閉鎖状況を撮影する為連れて来ていた写真師より写真機及フイルムを強奪する等の挙に出た。

而して七月十四日になつて組合は突如「県支部の闘争に同調する為分会のストを中止する」旨通告し且同組合県支部中央闘争委員会を通して事業場閉鎖の解除を要求したが会社としては是迄の争議の経過から見て組合は真にストを中止する意思ではなく一旦会社側に事業閉鎖を解かしめた上で更にストサボ業務管理等の手段に出る戦術だと思はれたので会社側は所謂平和条項に依る紛争解決を条件とするならば事業場閉鎖を解くべしと申入れたが組合は全面的に之を拒否し飽く迄無条件解除を求める為会社は之に応ずる事が出来なかつた。其後も会社側は終始争議解決の為交渉に応ずる用意がある事を屡々組合に通知していたが組合は七月二十六日自動車運転に欠く事の出来ない車体検査証六枚を暴力で合谷専務の手より奪取すると共に組合員多数は末松用度課長、田中庶務課長、神代会計課長を包囲し威力を示して重要書類の引渡を強要して其の目的を達した後直に業務管理に入る旨を通告して来た依つて会社側は翌二十七日営業用動産の現在数量を調査の為重役数名が本社事務所に入らうとしたが組合は実力を以て阻止した。併し翌日白石重役が行つて調査したところ既にチユーブ入タイヤ六本が紛失していた。

以上の事実によつて明な通り組合の行為は正当な争議行為の範囲を逸脱して居り殊に債務者の業務管理乃至生産管理は違法である。債権者会社は組合の斯かる違法行為に依り別紙第一乃至第四目録記載の企業設備及物件の所有権乃至占有権を侵害されたので債権者を相手として妨害排除乃至占有回収の本案訴訟を提起したが、本案判決確定迄現状のまま放置すれば燃料及自動車の部分品喪失の危険あり会社の経理は破滅に頻し回復し難い損害を蒙る事明かであるから申請の趣旨記載の裁判を求める為本申請に及んだ次第であると陳述し、債権者の答弁事実を否認し疏明として疏甲第一号乃至甲第四十八号証第四十九号証ノ一乃至五を提出し証人古野武士第一、二回徳吉太一、債権者代表者合谷英敏第一、二回の各訊問を求め乙第七号証ノ一乃至十二第十七号証は不知其余の乙各号証は成立を認める(但し乙第十六号証の拇印は此の書面を受領したと言ふ意味で拇印したに過ぎない)と陳述した。

債務者代理人は債権者の仮処分申請は之を却下す訴訟費用は債権者の負担とすとの判決を求め其の答弁として債権者の主張事実中債権者会社の目的設立の経過資本の構成、債務者組合の組織、九自労県支部との関係等に関する債権者の主張事実及債務者組合が昭和二十二年八月会社総収入の五十パーセントの支給方要求し其の要求が容れられた事同年十二月越年資金として四十万円を要求し其の半額の支払を受けた事昭和二十三年五月末赤字補給金四拾万円を要求し其の半額の支給を受けた事同年六月二十五日債務者組合が赤字補給金四拾万円外数項の要求を為し債権者会社より右要求を七月三日以降経営協議会で協議し度いとの申出があつた事、組合が同年六月二十日より無期限ストライキに突入した事(右は福岡県支部傘下の各分会は各其の使用者と団体交渉を開始したが債権者のみ団体交渉を拒絶したので其の反省を求むる為めに為したものである)債権者が七月二日事業閉鎖の通告をした事、同年七月四日付「六月分給与は五月分通り支給する」外二項目の回答があつた事七月十四日債務者組合がスト中止の通告を為し七月二十六日より業務管理に突入し此の事を債権者会社に通告した事は何れも之を認めるが其他は否認する。

而して本件争議の経過は次の通りである。

債務者組合は全九州自動車産業労働組合福岡県支部(以下九自労県支部と略称する)の一分会であり債権者会社は福岡県トラツク経営者連盟(以下連盟と略称する)の一構成員であるところ九自労県支部は連盟に対し昭和二十三年六月九日労働協約の締結外四項目の要求を為し数次の団体交渉を重ねたが同月二十二日交渉は決裂した。而して九自労県支部闘争委員会は「以後各分会毎に各使用者との間に交渉を行ふ事」との指示を為し各分会は其の線に沿つて交渉を開始した。而して債務者分会を除き他の分会(鎮西、飯塚京築福陸、山九、西日本等)は夫々団体交渉を続けたが債権者会社は頑迷にして団体交渉を拒否し「経営協議会で審議する」事を固執して譲らない。依て債務者分会は債権者会社の反省を求むる為六月三十日無期限ストを通告し実施した。然るに債権者会社は七月二日事業閉鎖を宣言同日午前四時三十分頃約三十名の暴力団を使用して債務者分会がスト以前より引続き占有せる申請書第一物件目録敷地内に乱入更に翌三日債権者会社代表合谷英敏は約十名を指揮して再び同敷地内に乱入した。此の間の状況を詳述すると次の通りである。

七月二日午前四時半頃債権者会社重役白石武男は約三十名の暴力団を指揮してトラツクを以て乱入上述の如く組合が引続き占有していた自動車約十二台のタイヤ及クリツプナツトを取り除し車体検査証を奪取して搬出しようとした。此の際債務者組合は事を好まず平穏に監視し此等を持出さうとした際表門に古いフレームを置き裏門に人垣を作つて之を阻止した。

会社側は強引に門外に出ようとしたが既に夜明となり次第に組合員及友誼団体の応援が増して来たので午前八時過ぎ退散した。此の時車体検査証は奪取せられた。(此の強暴なる占有の侵害行為は組合が労働法上正当に有する争議団結権占有権に対する許すべからざる妨害行為である。)翌七月三日には債権者会社代表者合谷英敏は約十名を指揮して午前十時頃木製立札タルキ十二を持ちオート三輪車を以て乱入、組合占有中の倉庫工場門等に立札六枚を建て約二間のタルキを倉庫に釘付けし部分品倉庫には新しい施錠を為し張紙五枚を貼布する等の挙に出た、組合は厳重なる注意を促したが結局事を好まないので彼等の実力行為を阻止しなかつた。

此の行為は組合の適法なる占有を妨害するばかりでなく将来組合が業務管理等の争議行為を選択する場合に著しい制限を加へるもので争議権占有権に対する侵害行為として許されざる事明かである。

次で組合は数回団体交渉をするやう申出たところ七月十日頃より漸く正常の団体交渉を持つ事が出来るやうになつた。

一方九自労福岡県支部傘下の各分会も七月十三日一斉に一日ストを展開してそれぞれ団体交渉を続けていたので組合は七月十四日「県支部に同調する為北州分会のストは本日午前十一時を以て中止する」と通告しストを解除した。即ち組合はストの直接目的を一応達成し且他の分会と同調し併せて会社事業閉鎖と言ふ反社会的反公益的行為を撤回せしむると言ふ意図の下にストを中止したのである。然るに会社は再三の申入に拘らず未だに事業閉鎖を解かず「組合は何時どんな争議手段に出るかも知れないから之を予防するのだ」と言つている。

右の事業閉鎖は道路運送法第二十八条違反の違法行為で運輸業の社会性に反するのみでなく組合の争議権に対する侵害であつて無効である。

又会社は七月一日若松営業所に於て組合占有の自動車のタイヤ十三本を窃に取除いたり七月四日折尾営業所に於て組合員に不法に営業所の明渡を要求したり七月十六日「友誼団体の者等の争議団への立入を禁止する」よう申入れたり種々妨害行為を継続して企てているまた会社は七月二十四日八幡税務署をして自動車差押へを為さしむる事に依つて組合の業務管理を妨害する挙に出た。差押債権は会社が昨年一月より勤労所得税を滞納し自ら背任横領費消して現在に至つたもので之を特に争議中差押を為す事は明かに業務管理妨害の意図に出たもので争議権の侵害と言はねばならぬ。

而して債権者会社は事業閉鎖を解かない為組合側のストライキは無意味となり残された唯一の争議手段として業務管理を行う外はなくなつた依て組合は七月二十六日午後三時業務管理に突入し倉庫を開扉し燃料タイヤを取り出し車庫に立入り自動車を使用した(之は業務管理は組合が主体となつて経営を行ふのであるから業務遂行の必要上閉鎖された倉庫の開扉、封印の除去を行ふ権利ある事は当然であつて何等違法ではない)而して本事件業務管理は債権者会社側の経営方針に則つて行つているので其の配車会計燃料部分品の出納等は総て従来の会社の諸慣習諸手続を守り各々其の責任者を定め善良なる管理者の注意を以て行はれている。

以上の通り本件業務管理は正当の理由に基いて(即ち実効ある唯一の争議手段として)開始され、債権者会社の従来の方針を踏襲し善良なる管理者の注意の下に、且資本家に専ら損害を加ふる如き事を為さず争議として必要の限度以上に出ないで行はれているのであるから何等違法ではなく、本件仮処分申請は全く理由がないと述べた。(疏明省略)

理由

債権者北洲貨物自動車株式会社は昭和十八年十月企業整備の結果同業者を合同して設立せられた株式会社で一定の路線を定めず定期的ならざる貨物自動車運送業(所謂小運送にあらざるもの)を営む事を目的とし資本総額百二十万円、その中三十八パーセントは取締役監査役の持株である事、其の従業員中課長を除き百四十七名は労働組合を結成し全九州自動車産業労働組合福岡県支部北州分会と称しその組合長松井新が同時に支部長を兼任している事は当事者間に争がない。

而して成立に争のない疏甲第一乃至甲第四十号証、同甲第四十三乃至第四十六号証、疏乙第三号証の一乃至八、証人古野武士、徳吉太一の各証言、債権者代表者合谷英敏訊問の結果、及び証人佐々木雄剛、古賀主税の各証言、債務者代表者松井新訊問の結果(但し佐々木古賀両証人の証言及び松井新の供述中後述措信せざる部分を除く)を綜合すれば次の事実を一応認める事が出来る。

(一)、(争議の原因)債権者会社は終戦後自動車及部分品燃料の入手難、其の価格の騰貴、従業員の勤労意慾の低下等不利なる条件に因つて漸次経営難に陥つた上本年三月迄半年ばかりの間に組合員中九名が会社のタイヤ三十二本を窃取売却して検挙せられた事があり(此の為、其のタイヤによつて稼動し得べき自動車八台を失つたと同様の結果となり一年を通算すれば大きな損失となつた)指揮監督権の弱体化等の諸原因も加つて経営は著しく困難となり総収入の四十パーセント以上の賃銀の支払すら容易な事ではない状態であつた。

然るに債務者組合の労働攻勢漸時苛烈となり昨年八月末以降は組合の要求に依り総収入の五十パーセント以上の賃金支払を余儀なくせられ会社の経営は益々困難を加へ、銀行の信用も失ひ金融の途もない為賃金の支払すら後れ勝ちとなり昨年十二月に至つては組合の要求する越年資金四十万円に対し半額二十万円を支払うにも重役十三名個人の連帯借用に依り辛うじて其の資金を調達する状況となつた。斯様にして昨年八月より本年三月に至る六ケ月間に百五十万円の欠損を生じたが本年六月二十五日に至り組合は更に賃金値上六月分赤字補給金約四十万円の支給外数項目の要求を提出し右金額を十日後の七月五日迄に支払ふべき事及之に付て直に団体交渉を開くべき事を要求した。

之は六月分総収入百八十五万円に対し百八十万円の要求で総収入の六十四パーセントに該当し会社としては其の資金捻出の方途を見出す事が出来なかつた。また当時重役の大部分は経営不振の責任を負ふて辞任合谷専務外三名が残つていたに過ぎなかつたが斯様な重要な問題に付ては重役を補充の新重役と協議しなければならぬ為に七月一日に株主総会を招集し重役を選出し、翌日重役会を終つても七月三日でなければ回答は出来ないのでその旨を組合に伝へ、又組合の要求に付ては一切の経理面を検討する必要もあり又団体交渉と言ふ形式を取れば前回の五月分赤字補給金の要求の時のやうに殆んど全部の組合員が交渉に押し掛け、自由に協議が出来ないから経営協議会に於て小数の組合代表と協議妥結したい旨を組合に申し入れた。併し組合は之を全面的に拒否し、一人でするも団体交渉なれば百人でするも団体交渉だ、会社側が誠意を以て組合の要求を容れなければ全員を以て交渉に当る場合もあると言つて(当法廷に於ける松井組合長の供述、組合幹部佐々木雄剛の証言等)経営協議会での交渉を拒否し、三十日午前八時より団体交渉を開かれたし之に応じない時はスト決行の用意ありと申入れた(甲第四号証)併し会社側としては重役補充の問題もあり、又前回の組合との交渉の際組合側は全員の直接交渉のつもりであつたのか大勢で重役を取巻いて朝の三時五時迄軟禁状態に置き組合の要求を容れる迄は同一の事を繰り返し馬鹿野郎等の罵言を浴せ重役の帰宅を妨げる為袖を押さへ人垣を以て通路を塞ぐ等して身体的行動の自由を制限し要求を容れる迄は帰さないと言ふやり方で要するに多数の威力を示して重役等に対し圧力を加へると言ふ態度であつたので此度の交渉に付ては会社側は前回に懲りて組合側の言ふやうな団体交渉を承諾するわけには行かず経営協議会に於て少数の組合代表者と協議交渉し度い旨を再三申入れた(而して組合側に於ては団体交渉委員五名を決めて居りながら経営協議会による協議を拒否した理由は会社側が要求を容れない時は多数の力を以て重役に対し圧力を加へる為であつた事は組合の幹部例へば佐々木青年行動隊長)が当法廷に於て証言している通りである。斯様にして団体交渉の仕方日時に於て数回折衝を試みたが双方の意見合致せぬまゝ五日を経過したところ組合側は六月二十九日午後七時翌日より無期限ストライキに突入する旨を通告し来つた。

(二)、(ストライキ中の経過。組合の事業場占拠)翌三十日より組合は無期限ストライキを実施すると共に団体交渉の即時開始を申入れたが会社側は臨時株主総会を七月一日に開いて新重役九名を選出し七月三日重役会を開催の上七月四日回答する旨通告した(甲第十号証)而して会社側は当時会社の事務所営業所は組合員によつて占拠され重役が出勤すれば組合員が執拗に身辺につきまとひ、また馬鹿野郎其他の罵言を浴せたり重役が外出しようとすれば大勢でその通路に立塞つて肩で押して外出を妨害する等嫌がらせ戦術によつて重役が会社に居る事が出来ない様に仕向けるので重役全員は会社を出て古野重役の自宅を事務所として組合とは主として文書で連絡し会社には課長を交替で監視に出していたが其の監視も不充分であつたので前のタイヤ盗難事件もありスト中は一層その不安があるのでタイヤを安全な場所に移さうとして七月二日午前五時頃古野、白石其の他五名の重役及其の子弟使用人課長等合計二十四名が会社に行きタイヤ約六十本をトラツク二台に積んで出ようとしたが組合側は門の入口にバリケードを築き且人垣を以て之を阻止した為其の目的を達しなかつた。

(三)、(事業場閉鎖)依つて会社側は更に自動車タイヤ燃料等企業用物件の安全確保及業務管理予防の為に事業場閉鎖を行ふ事として同日(七月二日)午前十一時四十分頃組合に対し「占領軍関係を除き当分事業場閉鎖を為す故自動車並倉庫内収容部品燃料を許可なく無断使用を禁ず」との通告を為した。(甲第一号証)そして翌七月三日古野、白石、外四名の重役外数名は会社に行つてタルキ及釘を以て倉庫全部を釘付けにして是等の倉庫、自動車の車庫、整備工場、モビール置場或は自動車の車体及事務所入口に「占領軍関係を除き事業場閉鎖を為す故許可なく出入を禁ずる」旨会社専務の名を以て立札貼り紙をして告示した。之を終つた際松井組合長は直に此の制札の一部を破棄し又他の組合員多数は閉鎖に来つた白石、篠崎等の各重役を取り囲んで押合ひ且つ殴打し又右重役が後日の証拠にする目的で閉鎖状況撮影の為連れて来ていた写真師より写真機を奪取し古野重役は窓から脱出して警察に救援を求める等の事件が発生した(債務者が主張するやうな会社側が此の時暴力団三十名を連れて来たと言ふ事実は認める事が出来ない)

(四)、(事業閉鎖中の交渉経過)而して会社は七月四日組合に対し課長を含め賃金六十二万七千円の支給及通勤手当全額会社負担の要求は之を認める。六月分赤字補給金(約四拾万円)は労働協約(同年八月二十七日満了予定のもの)の改訂を条件として之を認める其他は認めない旨回答した。之に対し組合側は通勤手当の外は全面的に会社の申入を拒否し其の後双方の間に交渉が行はれたが組合側は一歩も譲歩せず交渉は妥結に至らなかつたところ七月十四日に至り組合側は突如「県支部の闘争に同調する為ストを中止する」旨の通告を為し且つストを中止する以上事業場閉鎖を解くべしと要求した(甲第二十六号証)之に対し会社側は組合が今迄極めて闘争的な態度を以て終始しながら未だ殆んど一項も妥結に至らないのに突然ストを中止すると言ふは是迄の経過から見て解し難い、殊に「県支部の闘争に同調する」為とあるも九自労組合の県支部と県経営者連盟との交渉は決裂し県支部は各分会に対し各分会毎に闘争すべきことを指示し各分会はその頃一日ストを展開しつゝ闘争を続けて来たのであり(此の事は債務者の自認するところである)且北洲分会の松井組合長は県支部長であり九自労の中央闘争委員会の戦術部長である事を考へれば組合が真にストを中止するとは考へられない。之は一旦ストを中止して会社側に事業場閉鎖を解かしめた上更にストサボ業務管理の手を打つ戦術である。左様な手段を繰り返されては会社としては到底立つて行けないと言ふので(会社側が斯様に考へた事はもつともな事であつたと認められる)同組合に対し「県支部に同調する為」との意味に付て組合の説明を求め七月二十一日及二十五日の二回に亘り組合に対し「更に交渉を続け妥結せられ度い旨」及ストを中止する故閉鎖を解けと言ふのならば此の問題は「経営協議会又は団体交渉に於て協議を尽し纏らない時は連盟対支部の斡旋を依頼しなほ纏らない時は地労委の斡旋調停に附し尚解決しないときでなければ双方共争議行為に出てはならないと言ふ事を条件とし度い其の条件ならば閉鎖を解かうと申入れたが組合は之を拒否し飽く迄無条件の閉鎖解除を主張した。

(五)、(業務管理)之より先会社は百二十八万円の税金滞納に依り七月二十四日貨物自動車二十台を差押へられたが七月二十六日に至り税務官が会社に来つて先きに差押へたものの中十台の差押を解除し会社側から取上げた車体検査証六枚(車体検査証がなければ自動車の運転は出来ない)を合谷専務に返還せんとした際松井組合長が税務官の手より之を奪取したので税務官が之を取戻して合谷専務に手交した瞬間松井組合長はまたも合谷専務の手より之を奪取し(之は業務管理を行ふ為であつたと認められる)二三十分後に業務管理に入る旨を通告した(甲第十五号証)またその際組合側はバリケードを築いて予て双方の連絡用として協定の上会社側が使用していた自動車の出門を阻止して之を取上げタルキで釘付してあつた倉庫を破つて燃料タイヤを持出し事業閉鎖の立札貼紙の一部も撤去し又は破棄して会社の自動車二十数台を使用して組合幹部指揮の下に組合自ら主体となつて事業経営を行ひ友誼団体より資金の借入を行つて之を会社の会計に繰り入れその中より及運賃収入より賃金を支払ひ又七月のスト中の賃金に付ても二十日間分以上を仮払の形式を以て之を支払つている。

なお業務管理開始後の経営状況を見る為七月二十八日古野古村藤井の三重役が会社に行つたところ中に入る事を拒否されたが翌日白石重役は中に入つてタイヤを点検する事を許された。又徳吉太一が株主たる資格で財産調査に行つた時は帳簿の閲覧等には応じなかつたが、事務所で口頭報告をしている。

其の翌日、古野、藤井各重役が行つた時は二回共内部へは入れなかつた。

以上の事実は理由冒頭引用の証拠に依つて一応之を認める事が出来証人佐々木雄剛、債務者田中稔の各証言及債務者代表者松井新訊問の結果中右認定に反する部分は措信出来ない。

而して右認定の事実を基礎として本件生産管理乃至業務管理が合法なりやを論ずるに付ては憲法及労働法中に其の判定の規準となるべきものは求めなければならぬ。依つて先づ此の点に付て審究すると新憲法は自由平等の大原則を経済秩序の面に於ても原則として予定すると共に私有財産権の不可侵性を比較的強い形式で宣言している。勿論新憲法は財産権の社会性を認める之点に於て従来の財産権観念に比し著しい進化を示しているとは言へ其の財産権尊重の傾向は依然として強い事を承認せざるを得ない。

斯くして新憲法上に於て財産私有の原則が宣言せらるると共に之に伴つて財産取得の自由の原則、企業の自由の原則が国民各自に保障されている事は新憲法の解釈上何人も承認せざるを得ないところであり斯様な基本宣言に基いて各種の法律に依り企業者乃至使用者は財産権乃至経営権を保障されている事も亦何人も否定する事の出事ない事実である。

併しながら新憲法は財産権の不可侵と自由平等の原則を根幹とする現代の経済秩序が必然的に企業所有者に対する勤労者の地位を劣弱化する事及び社会的経済的実力の懸隔せる資本家と労働者との労働取引に対し自由平等の原則を形式的に適用する結果は却て著しい不自由不平等をもたらす点を反省し之を是正する為に勤労者の団結権及団体交渉権を保障し勤労者を企業所有者に対する隷属的地位より解放し労資を対等の立場に置いて実質的に自由平等なる労働取引を為さしめ之に依て勤労者の地位の向上を図らんとしている。

即ち新憲法第二十九条の財産権保障と第二十八条の団結権乃至団体交渉権(労働権労働基本権)とは互に相対応する規定であつて前者は企業者乃至使用者に経営基本権を後者は労働者に労働基本権を何れも保障した規定であり新憲法の財産私有制度を貫く二大支柱を為すものである。此の二つの基本権は労資共に之を尊重すべく当事者間の合意(労働協約に依る経営参加)又は法律の規定(労働組合法第一条第二項第十二条による正当な争議行為)に依るのでなければ濫に侵犯する事を許されない。斯くして是等の基本権から労資対等の原則(協約対等の原則争議等の原則を含む)が生れて来るのであつて争議行為の許される限界は自ら此の原則に従つて判断せらるべく此の原則に反する争議行為は勿論之を正当なるものとは認め難い。

而して新憲法の斯様な精神は現行労働法に於て明白に具体化されて居り労働関係に付ては所謂「労資対等の原則に基く自由意思に依る平等取引」に依つてその「公正なる調整を図り」之に依つて「勤労者の地位の向上」と「産業平和の維持」「経済の興隆」と言ふ窮極の目的を達成せんとしている。例へば労働基準法第二条は「労働条件は労働者と使用者とが対等の立場に於て決定すべきものである」と言つて此の原則を明にして居り他方労働組合法は団結権の保障及団体交渉権の保護助成に依り団体的な労働取引を保障しそれを通じて労資対等の原則を基調とする自由意思に依る公正な労働取引(所謂フエアプレイの原則)を実現しようとしている。又労働関係調整法の規定する種々の措置も同様に労資対等の原則に基き労資の平等な取引を確保せんとする目的に出づるものなる事は同法を通読すれば明白に看取せらるる。而して斯る「労資対等の原則に基く自由意思に依る平等取引」に依つて労働法が達成せんとする目的は「労働者の地位の向上」と産業平和による「経済の興隆」に在る事も亦労働組合法第二条労働関係調整法第一条の明白に宣言するところである。

労働者と資本家とが対等の力を持つ事に依つて両者が適当の所で折合ひ各個の企業の経済的実力に応じた公正な労働条件が定めらる。之に依つて労働者の生活も向上するし産業平和のもたらされ経営も堅実になり斯くて始めて経済の興隆に寄与する事が出来経営の安定、経済の興隆に依り更に労働条件は引上げられて行く「労働者の地位の向上」と「経済の興隆」此の両者を調和的に実現せんとするのが労働法の目的でありその目的達成の為に「労資対等の立場による平等取引」の原則を堅持せんとするのが労働法の根本の建前である。従て同法が適法な争議手段として保護するのは此の原則を破らないものに限らるべきであり此の原則に反し労資の一方的優越を持来すが如き争議手段は正当ならざる争議行為として同法の認容しないところと解すべきである。

依て本件業務管理乃至生産管理が合法なりや否やを此の見地から検討すると、

所謂生産管理(業務管理)と呼ばれるものにも種々の態様があるがここでは要するに特定企業に雇傭せらるる労働者の団体が争議に際し要求貫徹の為に工場事業場を占拠し企業設備資金資材等を其の手に収め企業経営を担当する取締役等理事者側の出入を制限しその指揮を拒否し労働組合幹部の指揮の下に其の事業を継続し組合自ら賃金の支払を為す等使用者の意思を排除して企業所有者の所有物を管理処分する事実行為を言ひ本件債務者の為しつつある業務管理は正に之に該当するものである。併しながら右のやうな業務管理乃至生産管理を合法と認めるならば財産権に対し争議権の一方的優越を認める結果となるから前述の労働法の根本原理たる労資対等の原則に反する事となる。従つて斯様な争議手段が正当のものとして労働法の保護を受くるものとは認め難い。

(六)、いつたい生産管理乃至業務管理中は労働者は使用者の手中より経営を奪つて自らその主体となつて事業を継続しながら其管理の失当に依つて生じた企業の損害に付ては法律上はとも角事実上は自らその損害を負担する事がない。之に反し使用者は企業経営に対する支配力を喪失し労働者の為すところを拱手傍観する外なく而も労働者の企業経営の結果損失を生じた場合には結局に於てその損失を負担しなければならない。即ち企業の危険は負担させられながらその危険を支配する事は阻止される。之は明に労資対等の立場に於ける平等取引の原則に反する。

また斯様な生産管理中は企業設備資材資金は凡て労働者の手中に在り使用者側の指揮監督権は全然之に及ばない為に使用者としては経営が果して堅実に行はれているかどうか、経理内容其他に付て不正が行はれていないかどうか等に付ても絶えづ不安の念を抱かねばならぬ、(是等の点に付ては唯労働組合幹部の良識に信頼せよと言ふ外には何等の保障もない。而も管理の内容は使用者側に知らされない場合が多く報告があつても正確かどうかは判らない多くの場合には会社側の出入は実力を以て拒否され時に事業の状況を見せる事があつても平常時の様に自由に充分に監査する事は出来ない)(本件に於ても然り)。

以上のやうな状態下に於て労資の交渉が行はれる事は労資対等の立場に於ける平等取引と言ふ労働法の根本原則に違背する。

また生産管理が適法と言ふ事になれば労働者側が先きに生産管理乃至業務管理に這入つて了ふと使用者は唯一の争議手段たる作業所閉鎖を行ふ事が出来なくなるから使用者は何等直接の対抗手段を有しない事になり労働者側の一方的蹂躙に任す外なき窮境に立ち労資の均衡は全く破れ去る。

本件債務者はストサボと生産管理は企業指揮権排除の程度に差異があるに過ぎないからストサボが適法ならば生産管理も適法だと言ふけれどもいつたい、ストライキサボタージユ作業所閉鎖が一般に適法な争議手段と認められるのは、ストやサボは労働者が其の武器たる労働の提供を全部又は一部引込めるものに過ぎず作業所閉鎖は使用者がストサボに対抗する為その武器たる企業設備の提供を拒絶するものたるに止まり何れも消極的なものであり積極的に相手方の権利乃至対抗手段を奪ふものでないから労資の均衡を破るものではなく却て之に依つて労資のバランスを可能ならしめるものだからである。然るに生産管理は労働者が使用者の武器即ち企業設備物件を奪つて我武器とする事で労資のバランスを破つて了ひ労働者の一方的優越を認める事になるのだから之をストライキやサボタージユと同一に論ずる事は出来ない。

一部の論者は現下の特異な経済事情を理由に緊急避難を以て生産管理乃至業務管理の正当性を論じようと試みるけれども緊急避難行為である為にはその行為が唯一の手段であつて他の方法に依り得ない事を必要とする。他の方法に依つても救済の道がある場合にはその行為は緊急避難として違法性を阻却するとは言へない。然るに労働者は生産管理の外にストライキサボタージユと言ふ有力な合法手段を持つている。ストライキは今日の特異な経済状態の下に於てもなほ有力なる武器たるを失はず資本家に対し大きな打撃を与え得ている。事は我々の日常見聞するところであり公式の統計資料等に依つても争議件数の中ストライキに依るものが断然多く相当な勝利を収めている事が明であり、之に対し生産管理の手段によるものは僅少な例に過ぎない。ストライキが今日の経済状勢下に於て争議手段として無力だから緊急避難として生産管理を許すべしと言ふのは現実を無視した見解である。且ストライキは労働戦線の統一強化による友誼団体の資金其他の援助組合資金の蓄積等の方法により漸次強化されて行く傾向にある事も考へなければならぬ。

一体労働者の家計に比較すべきものは資本家の個人的な家計でなく企業の計算であるが敗戦後の経済的悪条件の下に於ては一般に各企業も亦同様に深刻なる危機に直面しているのであつて此の双方の事情を見ないでストを無力視し今日の経済事情のみを理由に一方的に労働者側のみの緊急避難を主張しようとするのは前に述べた経済の興隆が労働条件引上の不可欠の要件であり労働法の目的の一つが此の点に在る事及労働法は敗戦後日本経済興隆の為に労資対等の原則の堅持が必要だとしている事を忘れた議論ではあるまいか。

とも角本件業務管理に付て認定し得べき一切の事情に照しても緊急避難を以て之を正当づけるに足る特別の事由は存しない。

右の通り本件の如き生産管理乃至業務管理は正当な争議行為とは言へないから労働法の保護を受ける事が出来ず違法な争議手段と言はねばならぬ。

仮りに之を合法だとしても本件の業務管理は使用者側の適法なる事業場閉鎖の後に行はれたと言ふ点に於て違法たる事明である。労働者のストサボ等の争議手段を一般に合法と認める以上使用者側の唯一の対抗手段たる事業場閉鎖をも合法と認めねばならぬ事は労資対等の原則から見て当然の事であるが若し適法なる事業場閉鎖後の業務管理乃至生産管理を実施する事に依つて既に適法に実施された事業場乃至作業場閉鎖の実効を失はしめる事が出来るから使用者は唯一の対抗手段を喪失し労働者の一方的蹂躙の下に屈従するほかなくなる。斯様な不均衡をもたらす争議手段迄労働法が保護せんとするものでない事は同法が労資対等の原則を堅持して双方を均衡の取れた地位に置かうとして種種の措置を講じている点から見ても明白だと言はねばならない。適法なる事業場乃至作業所閉鎖後の業務管理乃至生産管理の違法な事は検察裁判の実務家は勿論殆んどすべての有力なる労働法学者(所謂理想型の生産管理ならば之を認める学者さへも)承認しているところであつて当裁判所の見解のみではない。

本件債務者は事業場閉鎖に依りストライキは無意味に帰したから業務管理が残された唯一の手段となつたと言ふけれども、債務者はストライキに依つて使用者に大きな打撃を与へ得たのであり之に対し使用者側が事業場閉鎖を行つたからと言つて休業による企業の損失を幾分でも軽減し得たのではない休業による打撃は閉鎖の前と後とで何等変りはない。従つて事業場閉鎖後の業務管理が許されないからと言つて労働者の唯一の争議手段を奪ふ事にはならない(なほ本件では事業閉鎖後もストは中止されていない)。もつとも債務者は本件事業場閉鎖は違法であると言つて色々根拠を挙げるけれどもそれは次に述べる通り何れも理由がない。

(1)  問題は労組側が七月十四日にスト中止を通告したのに対しなほ会社側が事業場閉鎖を解かなかつた点であるが前に認定したやうな争議の経過から見るならば労組側が本当にストは勿論サボ行為をも中止して平常通り業務に従事しながら平和的な方法による団体交渉に依つて紛争を解決する意思であつたか否かは頗る疑はしく労組側の争議態度は寧ろスト中止宣言により一旦事業場閉鎖を解かしめて機を見てストサボ業管等の行為に出る戦術であつたと認められても致方のないものであつた。スト中止宣言に対し会社側が所謂平和条項による紛争解決、労働協約改訂を条件とする事業場閉鎖の解除を申入れたに対し労組側が全面的に之を拒否した点から言つても左様に考へられるのであつて会社側の事業場閉鎖を解かなかつた行為を目して争議権の範囲を超えた違法のものと言ふ事は出来ない。

(2)  次ぎに債務者側は会社側の事業場閉鎖は道路運送法第二十八条違反の行為だから無効だと言ふけれども同条の規定は平常時に於ける純経済的乃至経済技術的な理由に依る休廃業を言ふのであつて正当な争議行為たる休廃業は本条所定の許可を得なくても違法とせらるゝものではない。又若し之を反対に解釈するならば労組のストサボは主務官庁の許可を得ないで出来るのに使用者の争議行為のみは主務大臣の許可を要する事になり前述労資対等の原則に反する(事業を休止する点に於てはストライキもさうだから前述道路運送法の規定が争議行為を公益の為制限する趣旨ならばストライキをも制限する筈であるがさうはしていない)。

また労働関係調整法がもつと重要な公益事業に付て労資双方の争議権を平等に制限している事に比較しても債務者の言ふやうな解釈は不当である。

(3)  債務者は右の事業閉鎖を以て組合が企業設備及物件に対して有する占有権の侵害だから違法だと言ふけれども労働者の占有権は結局に於て本件企業設備及物件の所有者兼企業経営者たる重役の経営権に基く指揮命令又は委任によつて生じたものであるから逆に労働者に斯かる占有権があるからと言つて授権者たる企業所有者兼経営者の企業設備物件に対する一切の占有権を排除し得るものではない。従つて暴力を用ひざる限り企業所有者兼企業経営者が事業場閉鎖の手段に依つて既にストライキに依つて就業を拒絶している労働者の企業設備物件に対する占有を排除し之を封鎖しても何等違法ではない(而して前認定の通り右の封鎖処置は暴力を以て為されたものではない)。スト中の労働者が消極的に企業指揮権に従はない事は勿論出来るが更に進んで企業所有権経営者の企業設備及物件に対する占有支配迄も排除し得る根拠はない労働者が積極的に企業所有者兼経営者の企業設備物件に対する支配を一切排除して之を自己の手に収める事は正当な争議行為とは言はれない。若し之が正当な争議行為として許されるならば企業所有者兼経営者は企業設備物件に対する支配権を喪失し之を回復する途なく全く争議手段を失ふ事になる。之は前述労働法の根本原理たる労資対等の原則に反する。

又債権者は事業場閉鎖は事業場を占有している労働者の争議権に対する侵害だから違法だと言ふけれども労働者の事業占拠は仮りにそれが違法でないとしても所謂放任行為たるに止まり使用者に対する何等かの積極的な権利を之によつて取得するものではないから労働者が先きに事業場を占拠又は占有しているからと言つて使用者に対し受認の義務を生ずる理由はないから使用者は暴力に依らざる限り之に対し対抗措置を講じ得るのは当然である。

又債務者は事業場閉鎖は後に組合が業務管理を選択する際の制限となるから違法だと言ふけれども後に組合が支障なく業務管理を遂行し得るやうに使用者が企業設備物件に手を触れてはならぬ義務がある訳ではなく使用者が必要な対抗措置を講じ得る事は当然である。

債務者は本件事業場閉鎖は貨物自動車の社会公共性に反するから違法であると言ふけれども債権者会社の事業は公益事業には違ないが労働関係調整法の公益事業に含まれない程度のものであり且北九州には債権者会社の外有力なる貨物自動車営業者も幾多存するし自家用トラツクも多く債権者会社の休業に依つて公共の利益に影響する程度は左程大きくはないのであつて勿論事業閉鎖を違法ならしめる程のものではない。

以上の通りであるから会社側の事業場閉鎖は適法である。

右の通り本件債務者組合員は正当な理由なくして別紙第一乃至第四目録記載物件を不法占拠して債権者の占有権所有権を侵害しているのであるから債権者は之に対し所有権乃至占有権に基く妨害排除或は占有回収の請求を為し得べきであるが其のような本案訴訟の判決確定迄右の状態を放置するときは債権者に著しい損害を与えるから債権者は民事訴訟法第七百六十条によつてその権利の保全を請求し得べき事は言を俟たないところである。依て当裁判所は本案判決確定に至る迄別紙目録記載物件に対する債権者の占有を解いて之を債権者の委任する執行吏の保管に委ねる事としたが貨物自動車営業の公益性に鑑み執行吏は仮処分物件の使用を債権者に許し得る事とし且債務者側の不法妨害行為に対しては執行吏をして其の者の立入を禁止し得る事とし其他主文記載の如き保全処分を命じた次第である。

依て訴訟費用の負担に付て民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(別紙)

物件目録抄

第一物件目録 建物十棟

第二物件目録 建物二棟

第三物件目録 建物三棟

第四物件目録 貨物自動車十九台、小型三輪車四台、木炭(二〇キロ入)八三二俵、(一五キロ入)九十俵及びガソリン、軽油、モビール。

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